雑感|名古屋MATAWARI JAPAN

パフォーマンスアップ、昔の人は身体の使い方がよかった?

構造動作トレーニングについて「何かの武術ですか?」と聞かれることがある。これはカラダの使い方を学ぶトレーニング、或いは動作術研究家の中島章夫先生と付き合いがあるからなのか、そのようにイメージされる方があるのかもしれない。構造動作トレーニングは、武術でもカラダの使い方をトレーニングするものではなく、いたってシンプルなリハビリ・トレーニングなのだ。

現代人に比べて昔の人は身体の使い方がよかったのですか?

つづいて、「昔の人は身体の使い方がよかったのですか?」と聞かれることがある。昔の人といっても昭和、大正、明治、江戸・・・紀元前???その人たちを見たことがないから「わからない」としか答えようがない。どうしても昔の人が達人であってほしいのか?宮本武蔵の股関節は凄かったとか、私には答えようがない。歴史学者の磯田道史さんに伺ってみてはいかがか?

昔の写真からわかること

明治時代の暮らし
深部感覚
江南市歴史民俗資料館より引用

 

深部感覚
江南市歴史民俗資料館より引用

 

深部感覚

江南市歴史民俗資料館より引用

 

深部感覚
江南市歴史民俗資料館より引用

平成の現代とは「環境」が違う

昔と今とでは何が違うのだろうか?まず取り巻く環境が大きく違う。食べ物も多種多様になり、病気でも現代病といわれるものが増えた。日本の昔のもの、着物などの衣装、履物などをまとってカラダの使い方を見直す方もいる。確かによいものはよいと思うが生活環境が違うのだから、どうなのかと思ったりすることもある。当然、生活環境が違うわけだから日常動作の量や質、深さなどが違う。だが、せっかく現代の日本に住んでいるのだから旧時代に逆戻りしなくても...。自分自身の生活動作、カラダの状態、などをみることができれば開ける未来があるのだと思う。私ならば、自分の状態を見る目を養いたい。そして、回復すべき点は回復し、補うべきはトレーニングをする。

「痛み」が知らせていること

痛みが知らせていることというのは、何もカラダの使い方だけの問題ではない。むしろ、カラダの使い方が原因というパーセーンテージは低いだろう。せっかく便利な時代になったのだから多くの情報の中から自分に必要なものを選択したい。現代病の大きな問題は、「痛み」が知らせていることを感知する感覚を鈍らせていることだと思う。カラダの使い方などの部分に捉われず全体を見る目を養うことが先決だ。私はそのために構造動作トレーニングに励んでいるといっていい。

都合のいいことをだけ選択する癖

そして、都合のいいことだけを選択する癖が現代病を膨らませているように思う。情報が溢れているからなのか、現代人は目を曇らせてしまったからなのか、見るべきターゲットを直視することなく、平穏を求め漂っている。都合のよい平穏などあるはずがなく、幻想を見ているのか魔法のような特効薬を求め続ける。目を覚ますきっかけがなければ、永遠に幻想の中でもがき続けなければならない。まず、するべきことは知覚・運動をめざめさせること。それらは、自分の外ではなく中にある。自分自身の目をさまし、必要なことを選択できる目を持たなければ「痛み」に答えることはできないだろう。

カラダの使い方を見直してスポーツ動作を向上させる

スポーツ選手の中には、様々な競技の動作を取り入れてパフォーマンスアップに役立てようと考えている選手もいる。競技の専門技術を磨く上では意義あることだと思うが、「痛み」に答えることができず幻想の中で彷徨いつづけている選手も少なくない。それは、自分の状態を見る目が養われることなく、カラダの機能水準がどれほどの状態なのか把握できていないからだ。技術とはあくまでも補うものであり、元々のカラダの機能状況を変化させるまでには至らない。特に若い選手はすぐに結果が出るトレーニングに手を出すが、これも都合のよいことだけを選択する癖といえるだろう。やはり、地道な基礎トレーニングでカラダの機能を向上させるより他ないと思う。

壁をぶち破る選手は基礎トレーニングの達人

競技というのは技を競い合うこと。スポーツ競技ならば相手と勝敗をかけて競う。各競技の技についてはその競技の専門家が誰よりも知るところ。技の土台はカラダ。基礎トレーニングは技の土台であるカラダの機能レベルをあげるための訓練。これは、相手と競うことはない。唯一、競うとすれば自分の深層に見え隠れする都合のよい自分。基礎トレーニングは、自分を高めるための自分との闘いといえるかもしれない。基礎トレーニングとしての構造動作トレーニングにおいても、都合のよい自分を追い払い、骨格ポジション、関節の運動方向、深部感覚、骨格筋回復など様々な要素を総合的に見ながらカラダの機能状況を高めていくので自分との闘いというならば、かなり過酷ともいえる。ともあれ、それができなければ壁をぶち破ることもかなわないだろう。

都合のよい自分が見え隠れするとき

目的を達成する思いが熱いときは集中できる。ところが目的を達成する思いの温度が下がってくると都合のよい自分があらわれてくる。それが分かれば温度を再確認することで無理に自分と闘う必要がないことに気づく。結局、「好きでやっている奴にはかなわない」というのは自分と闘う努力や苦労を感じることなく集中している。使命感でやっているうちは無理を生じるが、好きでやることには無理が無理でなくなる。基礎トレーニングは自分の奥深くを探求し様々な気付きを与えてくれる。その積み重ねは人として大きく成長させる。

子供の特技を伸ばす

競技をされている子供さんのことで親御さんから「どのようなトレーニングをすればよいのか?」聞かれることが多い。しかし、本人から聞かれることは少ない。誰のためにやっているのだろう?と常々思う。競技技術がグングン加速していく子は、疑問を抱き考え、わからなければ聞く。問題があれば原因を探り解決策を練る。結局、その競技のこと好きなのだろう。親御さんたちはお子さんたちの自信になるように、将来の進学やプロスポーツ選手になればきっと幸せだろうと考え一生懸命になっておられるのだろう。特技を伸ばすということはいいことだと思います。しかし、本人が置いてけぼりでは本末転倒ではないでしょうか。

子供の将来を願う

お子さんの姿勢やカラダの硬さ、怪我を心配する相談をよく受ける。残念ながら姿勢は躾(しつけ)の段階できっちり行うべきもの。小学生の時点で身に付いていなければ、いくら親御さんが口うるさく注意したとしても右から左でしょう。私は子供の不良姿勢は親の問題だと考えています。私自身も自分の子供の姿勢を見て反省しています。もう少し子供の姿勢に気遣っていたのなら防げたはずの怪我や病気があったかもしれない。ですから、口先だけではなく身を以て示せるよう常に心がけています。少年期のスポーツや武道を学ぶよさというのは指導者や師範が姿勢を持って模範を示せることがあります。(勝敗や技術に走りすぎの口だけ指導者では問題ですが..。)不良姿勢は知覚・運動を鈍らせる。将来どのような環境になっているのかわかりませんが、子供たちには自分の知覚と運動を駆使して力強く生き抜く術を育んでいってほしいと願っています。

 

構造動作トレーニング
トレーニング、講座

画像引用元
江南市歴史民俗資料館
〒483-8177 愛知県江南市北野町川石25?1
江南(愛知県)駅出口から徒歩約7分

 

 


 
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